自然界最強といわれた “クモの糸”
「気持ちわる~~」
と目をそむけてしまう方が大半でしょうが、朝露にキラキラ輝く大きなクモの巣に “美しさ” や “芸術性” を感じる方も中にはいらっしゃるのではないでしょうか。
ま、“巣” 全体の幾何学模様もそれはそれで素晴らしいのですが、それ以上に素晴らしいのは、それを構成している一本一本の糸、すなわち “クモシルク” と言われているものです。
近年の研究データ等によって “クモシルク” は既存の繊維とは比にならぬ驚異の素材だということが証明され、世界各地あらゆる分野において現在関心が寄せられています。
“クモの糸” の特徴
鋼鉄の何倍もの強度、ナイロンを遥かに凌ぐ伸縮性、300 度近い耐熱性…
クモが状況に応じて様々な糸を作り出すことは有名な話ですが、やはり特筆すべきはその「強靭さ」に他なりません。
一見弱そうに見える「クモの糸」ですが、“タダならぬ糸” だってことは世界各地の専門家らも早くから気づいていたらしく、今後の産業社会を担うであろう次世代の素材として現在盛んに研究が進められています。
ちなみに現在地中に残されている石油埋蔵量はごく僅かで、仮に今のペースで消費を続ければあと 40 年ほどで枯渇するといわれています。
また、すでに深刻化している地球温暖化を防止するといった観点からも、“バイオ素材” の研究開発や活用が世界各地で急務とされています。
“クモの糸” を上回る “ミノムシの糸” の強さ
No.1 バイオ素材かと思われていた “クモの糸” ですが、なんとその後突如として強力なライバルが出現しました。
日本の研究機関と企業が手を組んで、密かに開発した新素材、“ミノムシの糸” が “クモの糸” の前に立ちはだかったのです。
2016 年、日本の研究機関である「農研機構」と民間企業の「興和株式会社」は “ミノムシの糸” についての共同研究を開始し、2018 年 12 月、“ミノムシの糸” が、物性値(弾性率、破断強度、破断伸び、タフネスなど)の全てにおいて “クモの糸” を上回ることを発見しました。(下図)
また、耐熱性も約 340 度とされており、こちらも “クモの糸” の約 300 度を大きく上回ります。
“クモの糸” はデータ上のすべてにおいて “ミノムシの糸” に及ばず、チャンピオンの座は一発 KO であっさりと奪われてしまいました。
※ 農研機構 HPより
※ 弾性率 ⇨ 変形のしにくさを表す値(つまりは硬さ)
※ 破断強度 ⇨ 破断させるために必要な引っ張る力
※ 破断伸び ⇨ 破断にいたるまでの伸び率(つまりは柔らかさ)
※ タフネス ⇨ 材料の粘り強さ(硬さと柔らかさを併せ持つ強靭さ) ➡ 最重要
※ ミノムシとは「ミノガ科」の蛾の幼虫のことで、世界中に約 1000 種、日本には約 50 種が生息しているそうです。
研究対象のミノムシは日本でもっとも一般的な「オオミノガ」の幼虫で、ミノの長さは 30 ~ 55㎜ と最も大きい部類だとか。
“ミノムシの糸” の採集方法 等
クモは個体によって、また、ひとつの個体でも状況(ゴキゲン ??) によって、糸の性質に差が生じるうえ、習性的に「共食い」などもすることから大量飼育や大量採糸には不向きとされており、現在はもっぱら人工的に糸を開発するための研究材料として利用されることがほとんどのようです。
一方、ミノムシは移動しながらひたすら同じ性質の糸を出し続けますが、枝や葉をジグザグに動き回る習性があり、当然吐き出す糸もジグザグ状で放置したままでは一直線の長い糸を採糸することはできません。
そこで「農研機構」と「興和(株)」は、数百メートルに及ぶ螺旋状の一本道を用意してそこにミノムシを這わせたところ、道に沿ったまっすぐな糸を切れ目なく出し続けたそうです。
「農研機構」及び「興和(株)」はその結果を元に採糸法を確立させ、さらにはミノムシの大量飼育や人工繁殖をも可能とさせました。
次世代シルクの最有力候補とみて間違いないでしょう。
“ミノムシシルク” のタンパク質は、“カイコシルク” や “クモシルク” に比べ、遥かに高い階層構造で構成されているらしく、「農研機構」と「豊田工業大学」の共同研究によってその詳細(農研機構 HP ← 眠れない方にオススメ !)が明らかとなりました。
なんでも、通常は引き伸ばすと崩れてしまうタンパク質構造が、“ミノムシシルク” に関してはなぜか切断の瞬間まで崩れずに維持されるらしく、それが “クモシルク” をも凌ぐ強さのメカニズムだそうです。
【参考動画】(ANN news CH)
〖“自然界最強” クモの糸を超える ミノムシの糸(18/12/08)〗
注:生ミノちゃん登場です
“クモの糸” の今後の展望は
チャンピオンベルトを奪われたとはいえ、やはり研究の幅広さや奥深さに関しては “ミノムシシルク” よりも “クモシルク” に分があります。
“天然クモシルク” の活用は現状難しいかもしれませんが、豊富な実験や研究データなどから生み出された、“ミノムシシルク” をも上回る “人工クモシルク” が広く活用される可能性も大でしょう。
世界に先駆け、すでにわが国では「スパイバー(株)」なる東北の企業が、バイオ素材のみを用いた “合成クモ糸繊維” の開発に成功し、すでに商業生産開始も目前のようです。(画像:イメージ)
【参考動画】(TBS NEWS)
〖地球に優しい新素材 “微生物” で洋服も【SDGs】〗
“カイコシルク” の今後の展望は
古来より現在に至るまで広く用いられてきた “カイコシルク” の糸は、同じ「蛾」の幼虫が作り出したものながらも、物性値といい収集効率といいすべてにおいて “ミノムシシルク” の足元にも及びません。
カイコは桑の葉しか食べず、糸を吐き出すのも一生に一度きりですが、ミノムシは雑食なうえ幼虫時の 1 年間は何度でも糸を吐き出します。
“カイコシルク” はこうしたことからも大量生産や低価格化が難しく、ゆえに今後の展開は厳しいものが予想されます。
紀元前の大昔より生産され、シルクロードなどを通じて世界各地へと広まった “カイコシルク” ですが、他のシルクの量産体制が整った暁にはその長き歴史に幕が下ろされるやもしれません。
ちなみに、日本では明治 5 年に群馬県の「富岡製糸場」で初めて “カイコシルク” の機械生産が開始されました。(写真:Wikipedia より)
現在は世界遺産に指定され、当時とほぼ変わらぬ姿のまま一般公開されています。
最後に
カイコ、クモ、ミノムシ…
シルクの種類が何であれ、どれも環境を破壊しない素晴らしい “バイオマス素材” にはちがいありません。
メディカル分野での人口血管や縫合糸、輸送機器分野での衝撃吸収ボディー、建築分野での耐震・免震部材…
シルク繊維単体で、または様々な既存素材と複合させることによって、あらゆる分野での活用がこれらには期待されています。
そして広く普及させるためには、生産性の向上と低価格化が何より必須となりましょう。
物性値などのデータにとらわれず、それぞれに見合った実験や研究を積み重ねながら、どこまでも「ローコスト & ハイリターン」な素材めざして頑張ってほしいものです。
【参考サイト】
〖バイオマスってなに ?(市原グリーン電力株式会社 HP)〗
コメント