【はじめに】
上の【画像 1】を見て何の機械だか分かる人は果たしてどれくらいいらっしゃるでしょうか。
ま、使用方法や目的は分からないとして、いつ頃に作られたものか当ててみて下さい。
1800 年代 ? 1900 年代 ?
いえいえ驚くなかれ、日本では掘立小屋に住みながらようやく稲作が根付いてきた弥生時代、紀元前 100 年くらいの大昔に古代ギリシャで作られたとされるものです。
1901 年、ギリシャのアンティキティラ島(上【画像 2】の 〇)近海に沈む古代の沈没船からワケの分からぬ機械部品らしきものが発見され、以降多数の研究者を魅了し、悩ませ続けている「アンティキティラ島の機械」といわれているものです。
調査研究で得た情報を元に過去いくつかの復元モデルが製作されてきましたが、2021 年 3 月、「ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)」の研究チームによって “あらゆる物証に準拠させた” というデジタル再現図(上【画像 1】)が新たに発表されました。
いったい誰が何のために作ったのか…
発見された部品の科学的調査や、そこに記された文字の解明等から少しずつ詳細が明らかになりつつありますが、まだまだ分からないことだらけだと言わざるを得ません。
“世界最古のアナログコンピュータ” ともいわれるこの謎に満ちたオーパーツ、「アンティキティラ島の機械」とは果たしてどういったものなんでしょうか。
「アンティキティラ島の機械」とは
『この機械はモナリザより価値があると言わねばならない』
とは、「アンティキティラ島の機械」に関する最新の研究を指導してきたカーディフ大学教授、マイケル・エドマンド氏の言。
とはいえ、沈没船より引き上げられた「アンティキティラ島の機械」は錆びまみれのボロボロ(上写真)でモナリザとは遥かにかけ離れており、発見以降数十年もの間、誰の目にもとまらずずっと放置されていました。
ところがこれに注目する研究者がチラホラと現れ、さまざまな調査を進めるうちに “おっかなビックリ” てなことになったわけです。
現在までに発見されたのは全体の 1/3 程度を構成するパーツで、そのうち歯車は大小さまざまなもの(最大で直径約 13㎝)が 30 個。
それでいて 82 個の断片に分かれているとのことなので、復元モデルを作るのも容易ではありません。
いくつか作られた復元モデルもどこまで忠実に再現できているのかは未知数ですが、それらを見る限りでは片手で小脇に抱えられる程度にコンパクトなものだったようです。
写真は【アテネ国立考古学博物館】に展示されている復元モデルで、デレク・デ・ソーラ・プライス氏が考案したモデルをロバート・J・デロスキ氏が作成したものです。
サイドが透明のアクリル板っぽいモノで作られていますが、これは展示上内部構造を見やすくしただけでしょう。
写真:Wikipedia より
「アンティキティラ島の機械」の機能や目的
最も気になるのはやはり…
「アンティキティラ島の機械」って何するモノ ??
てことでしょう。
調査研究の積み重ねによりザックリ分かってきたのは “複雑な天体運行計算機” だったようだ、ってことです。
前面に 1 つ、背面に 2 つの円い表示盤を持ち、それぞれの表示盤には幾重にもなる多数の目盛りがついており、サイドのクランクを回すと各表示盤につけられた複数の針がグルグル回るといった仕組みのようです。
そして、その針を恐ろしいほど正確に動かしたのが数十個からなる大小さまざまな歯車。
例えば 4 年に一度のズレ、「うるう年」なども計算に入れて作られていたらしく、1800 年代の時計にも劣らぬ正確さであったろうとのこと。
前面の表示盤は、太陽・月・惑星(当時知られていた 水・金・火・木・土 の 5 惑星)の動きやカレンダーなどを、背面の表示盤は日食や月食の予測計算などを表示していたのでは、と推測されています。
当然すべて当時の通説「天動説」を基準としたものですが…
ちなみに、現在あたりまえの「地動説」(太陽の周りを地球が動いているという説)がコペルニクスによって提唱されたのは16世紀のこと。
「地動説」は当時キリスト教などの教えに背くもので、この説を支持した者は裁判などでことごとく迫害を受けました。
コペルニクスも迫害を恐れ、死の直前になるまで 25 年以上もの間「地動説」の発表を控えていたそうです。
【追記/2024,11,19】 「アンティキティラ島の機械」の用途に新説が⁉
「アンティキティラ島の機械」の用途につき、英グラスゴー大学(UofG)が最新の研究発表(2024,6,27 発表/PDF/英文)を出しているようです。
なんでも、“354 日周期の太陰暦カレンダーとして使われていた可能性が高い” とのこと。
詳しくは以下「ナゾロジー」様の記事にて。
「アンティキティラ島の機械」の製作者は ??
「アンティキティラ島の機械」の製作者候補は複数名存在するようですが、古代ギリシャ & 精密な機械とくれば、やはり真っ先に思い浮かぶ名は発明王のアルキメデスでしょう。
“てこの原理” の解明や「アルキメディアン・スクリュー」の発明など文明の発展にも大きく貢献しました。(上画像参照)
「アンティキティラ島の機械」の推定年代(紀元前約 100 年)とアルキメデスの生きた時代(紀元前 212 年没)が近いことからアルキメデスも考案者として有力候補の一人ではあるようですが、この件についても確証たるものは一切なく、いまだ推測の域を出ていません。
残り 2/3 の部品は今もって発見されず、沈没船との関連すらも不明で、なんせ謎だらけの「アンティキティラ島の機械」。
その完璧すぎる “つくり” から
『これ一つだけなんてありえない、同様のモノがもっと存在したはずだ !』
とも言われているので、新たなものがどこかで発見されれば製作者も含め一気に謎が解けるかもしれませんね。
最後に
「アンティキティラ島の機械」は復元モデル(前述)とともに現在【アテネ考古学博物館】の “青銅器時代区画” にて展示公開されているそうな。
ギリシャに行く機会があれば(まずありえんですが…)ぜひ現物をこの目で拝んでみたいものです。
現在の「エレベーター」も原理そのものはアルキメデスが考案したとされるもの。
「エレベーター」についてのアレコレも以下記事にまとめておりますのでよろしければご覧下さい。
【参考動画】
〖Virtual Reconstruction of the Antikythera Mechanism〗
そして、くどいようですが当時わが国の最先端グッズがコレです。オヨヨ…
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