【はじめに】

畳一枚に大人が 3 人…
刑務所ではなく “住居” の話です。
香港映画がお好きな方ならばよくご存知であろう【九龍城砦(きゅうりゅうじょうさい)】の末期ごろの人口密度がこれくらいだったそうで、“世界一最悪” だったとも。
【九龍城砦】とは 1990 年代初頭まで中国「香港」の一画に存在し、“東洋の魔窟” とまで言われた世界有数の悪名高きアパート街(スラム街)です。
上写真は 1989 年に撮影されたもので、手前の “廃墟” としか思えぬひとかたまりがその全体像ですが、遥か向こうにそびえ立つ近代ビル群とは明らかに次元の違う怪しいオーラが放たれており、ご存知なかった方も一見しただけでただならぬ場所だとお感じになりましょう。
エレベーターも全部でたったの 2 基しかなかったとか…

この【九龍城砦】、日本ではよく〖九龍城=クーロンじょう〗と呼ばれており、自身も “九龍(クーロン)という地にある城塞風の建物” としてそれが正しいものだとばかり思っていましたが、実際はそうではありませんでした。
「九龍城(きゅうりゅうじょう)」とは、“城” もセットで今も存在する周辺一帯を含めた地名の一つであり、“九龍城の砦(とりで)” ということで【九龍城砦(きゅうりゅうじょうさい)】が “呼び名” としては正解なんだそうです。
さらに言えば 1994 年に発見された大きな石の扁額から【九龍寨城(きゅうりゅうさいじょう)】が “正式名称” だったということも判明しています。(写真参照)
冒頭からややこしい話で恐縮ですが、そんなこんなで当記事内においては一般的呼び名の【九龍城砦(きゅうりゅうじょうさい)】にて統一させて頂きます点、あしからずご了承下さい。
ちなみにこの【九龍城砦】…
“見た目が砦っぽい” からそう呼ばれているわけではなく、スラム化する以前は実際に治安維持のための砦、すなわち「城塞」がそこにあったからなのです。
治安維持のために設けられた場が治安最悪の場になってしまったのですからシャレにもなりません。
てなわけで今回は、いつしか中国マフィアの資金源と化し、映画・アニメ・ゲームなどでも有名な、今は無き【九龍城砦】の歴史やその他を動画とあわせ詳しくご紹介。
【九龍城砦】 ~ 本物の「砦」からスラムの「砦」へ大変貌 ~

周辺地域がすべて同じ状況ならまだしも、なぜ先進国イギリスの植民地として発展を遂げた「香港」の、それもある一画だけがこうなってしまったのか…
それは【九龍城砦】が特殊な歴史的経緯を辿った結果、関係二国(イギリス & 中国)の双方ともが深く介入できない、言わば “無法地帯” となってしまったからに他なりません。
言い換えれば “来る人拒まず捕まらず” で、人によっちゃあまさに桃源郷のごとき別天地ともなったってことです。

そんなこんなで、住む場所を失った人や戦火から逃れてきた人、さらには官憲に追われている犯罪者など、多種多様な人々が各地から続々と押し寄せるようになり、取り締まりが行き届かない中で好き勝手に建物を継ぎ足していった結果、このような巨大な “ビル群” ができ上がってしまったというわけです。

こうした状況下で “仕切る” 人間はいつの世も相場が決まっており、次第に黒社会の根城 & あらゆる犯罪の温床と化していったのは、もはや当然の帰結と言えましょう。
ただ、1970 年代の後半以降は住民が一丸となって「自警団」を組織し、さらには香港が イギリス→中国 に返還されると決まった 1984 年以降は警官の巡回も行われるようなったことから、末期ごろの【九龍城砦】は “香港のどこよりも安全” とまで言われるほどに治安は回復されたそうです。
【九龍城砦】の誕生から消滅まで

“東洋の魔窟” たる【九龍城砦】も歴史をさかのぼれば本物の “砦” がそこにありました。
果たして【九龍城砦】はいつどのような目的で誕生し、そしてどのような経緯を辿って消滅するに至ったのでしょうか。
ザックリと申せば…
時は流れて 1900 年代半ば、「アヘン戦争」に勝利したイギリスは、敗戦国中国(清)と締結した「南京条約」によって重要都市「香港」を手に入れ、のち「香港」防衛上の必要からその周辺地域を期間限定で借り上げた。
その地域内にあった【九龍城砦】には条約上イギリスの支配権は及ばなかったが、中国に管理能力がなかったことから、いつしかイギリス側が必要最小限度において行政サービス(ゴミの収集や上下水道・電線の設置管理など)を執り行うようになる。
しかし爆増し続ける住民に微々たる行政サービスなどまさに焼け石に水で、衛生状態は悪化の一途をたどり、違法な建物の建築や電線の勝手な引き込みなどもどうすることもできぬまま、やがて【九龍城砦】は黒社会はびこる巨大な迷宮魔宮へと変貌を遂げていった。
見た目の異様さや、映画・メディア 等で頻繁に取り上げられたこともあって圧倒的存在感を放っていた【九龍城砦】だったが、「香港」の中国返還(1997 年)に先駆けその全てが取り壊され、21 世紀を迎えることなく跡形もなく消滅。
…てな感じですが、時系列に記せば以下のごとし。
時系列に見る【九龍城砦】の歴史

❶ 「宋」の時代(960 ~ 1279 年)、現「九龍城」に輸出のための港が開港し、やがてそれを狙った海賊が現れるようになる。
❷ 1668 年(清時代)、海賊対策や治安維持のため港に「城塞(【九龍城砦】)」が設けられる。
❸ 1842 年(清時代)、「アヘン戦争」に勝利したイギリスが「南京条約」によって中国の主要都市「香港」を GET し、統治機関たる「香港政庁」を設置する。
(ここでの「香港」に【九龍城砦】は含まれない)

❹ 1898 年(清時代)、「香港」の防衛を理由に【九龍城砦】を含む一部周辺地域を 99 年の期限付きでイギリスが租借 。
(取り決めによって【九龍城砦】についてはこれまで同様中国が継続支配)

➎ とある祝い事の際に【九龍城砦】内で爆竹が鳴らされ、それを “香港防衛を妨げた” としてイギリス側が中国側の役人らを追放。
(中国側の管理が事実上できなくなるも、条約上イギリスによる接収もできず)
❻ 1912 年、「中華民国」が樹立し「清」が滅亡。
(【九龍城砦】の支配権は中華民国が引き継ぐも、“城塞” としての機能はこの時点で失われていた可能性高し)
❼ 1941 年、第二次大戦において「香港」を占領した日本軍が啓徳(けいとく)空港の拡張工事の資材として【九龍城砦】の城壁を取り壊す。
(これをきっかけに難民のバラックが建ち始め、その後巨大なスラム街が形成されることとなる)

❽ 1945 年、日本の敗戦により「香港」は再びイギリスの支配下に。
❾ 1949 年、内戦が終結して「中華人民共和国」が樹立した後も、とどまることなく【九龍城砦】に難民が押し寄せる。
❿ 1960 ~ 1970 年代、鉄筋コンクリートのビルが次から次へと無計画に建てられて街路は迷路化、同時に黒社会(三合会)の拠点ともされ、売春・薬物売買・賭博 などあらゆる違法行為や犯罪が蔓延。


「三合会(さんごうかい)」とは、香港を拠点とするいくつかの犯罪組織の総称で、その実態については断片的にしか知られておらず全体像はほとんど明らかになっていません。
香港で活動するものは現在約 60 組織ほどが存在すると考えられており、その影響力は香港をはじめとして世界的規模の広域に及ぶとされています。
⓫ 1984 年、英中共同声明によって “1997 年の「香港」の中国返還” が決定される。
⓬ 1993 ~ 1994 年、「香港」の返還に先駆け、【九龍城砦】のすべてが「香港政庁」によって取り壊される。
“動画” でさらに詳しく【九龍城砦】

〖Kowloon walled city 九龍城砦〗
〖20世紀、香港の無法都市。三合会の舞台であり、歴史上最も高い人口密度を記録した九龍城砦〗
〖九龍城寨 Kowloon Walled City〗 ※ 中国語ながら貴重映像満載で見応えあり
最後に

巨悪の象徴ともされた【九龍城砦】ですが、憎むべきは国家権力の及ばぬことから弱い立場の人々を食い物にしていた一部の悪人たちであり、住民の多くは否応なくそこに住まざるを得なかったごく普通の貧しい人たちであったという事実を忘れてはなりません。
今や姿かたち無き【九龍城砦】ですが、その跡地には周辺住民の憩いの場として公園(上写真)が整備され、そこには【九龍城砦】のアレコレを展示した「資料館」などもあるそうです。
「香港」を訪れる機会があれば散策がてらフラリ立ち寄られ、在りし日の【九龍城砦】に思いを馳せてみる、なんてのもまたよろしいのではないでしょうか ?
【2026,5,22 追記】ちょっと AI(GPT-4o)に聞いてみた!『「九龍城砦」で実際にあった事件やエピソードをいくつか教えて』

その中では多くの事件やエピソードが語り継がれていますが、いくつか有名なものを挙げます。
【その1】麻薬の取引とギャングの抗争
特に 1970 年代から 1980 年代にかけては、麻薬密売組織が城砦内で活動を展開し、警察も手を出しにくい状況でした。
【その2】違法診療所の存在
特に歯科医院が多かったことで知られています。
これらの診療所は安価な医療を提供していたため、貧困層の人々に利用されていましたが、安全性や衛生面では問題が多かったとされています。
【その3】食品工場の違法操業
例えば、麺類や魚団子などの食品を製造する工場があり、これらは香港全土に流通していたと言われています。
しかし、衛生環境が劣悪であったため、健康被害の懸念もありました。
【その4】犯罪者の隠れ家
警察も容易には踏み込めないため、逃亡者たちにとっては絶好の隠れ家となっていました。
【その5】子どもたちの労働や教育環境
一方で、一部には自主的に運営される学校や塾も存在し、住民たちが協力し合って教育を続けようとする姿も見られました。
【オススメ本】(ご購入・試し読み)

【九龍城探訪 ~魔窟で暮らす人々~】

【九龍城探訪 ~魔窟で暮らす人々~ / 購入者レビュー】※ Amazon より一部抜粋

・素晴らしい書です。まず、写真。カラーで何枚掲載されているんでしょうか。とにかくたくさんあります。しかも、生活に密着した写真が多く、生活感がひしひしと感じられ、素晴らしい。文章も取材に基づいたもの。個人個人に焦点を当て、その人がなぜここで、そのようなことをして暮らしているのかが事細かに記録され、人々の生き抜く力というか、躍動感というか、伝わってきます。
・なかなか読み応えがある内容です。興味がある方なら、購入して損は無いとおもいます。
・大型版で写真が見やすいのはもちろん、読んで驚いたのがインタビューの量です。九龍城に住んでいた人や、九龍城に出入りしていた業者など、非常に多くの人々の写真と、九龍城での生活についてのインタビューが収録されています。インタビューも分析をまじえるというよりも、彼らの話をそのまま載せている感じが良いです。今後どこにでもこの本は持っていくだろうと思います。
・思った以上に分厚いので、まだまだ読めていませんが、興味深い内容です。全体の大きな写真があればもっと良かったかもしれません。
・この本は普段の生活臭たっぷりの状態で、ゆーっくり・・・・ゆっくり・・・とページをめくればいつでも九龍城へと連れて行ってくれます。写真の主人公を観察しながら、彼らの生きざまに思いを馳せながら、匂いを想像しながら、音に耳を傾けながらページを捲っていってください。必ず素敵な旅になります。
・九龍城に住む人々の生活、噂と謎で覆われた九龍城の内部について良く知ることが出来る。一見すると魔窟の様に見える九龍城もこの本を見ることでマンションの様に思えた。これは、単なる写真集ではなく、今はなき九龍城と住人にとても深く迫った歴史書であると思う。
・小さい商店がぎゅうぎゅうに立ち並び、多国籍な人々が行き交い、上階には怪しい安宿。あの時代の香港の記憶がある方は間違いなく楽しめると思います。素晴らしい資料ではないでしょうか。
・行きたかったなぁと思いながら、たまに本書を眺めています。よい写真集です。写真のかたわらにある住民インタビューも濃密で、九龍城の過去の生活が脳裏によぎりました。
【孤独死大国】~ 予備軍1000万人時代のリアル ~

【事故物件怪談 恐い間取り1~3】
【恐い間取り1】

【恐い間取り2】

【恐い間取り3】

2026 年1月リリース! 「九龍城砦」が舞台のおすすめホラーゲーム【九龍幽獄】(2026,5,22 追記)


2026 年1月、「九龍城砦」を題材に使った PC 版ホラゲー【九龍幽獄】がリリースされ、薄気味悪い「九龍城砦」の中を俯瞰(ふかん)画面でウロつき回れることから一部ファンより好評を博しているようです。(下に参考動画あり)
「400 円」(本記事執筆時点)とお安いようですし、PC スペックさえクリアしていれば、今や無き「九龍城砦」の得も言われぬ 恐怖・世界観 をゲームを通して味わってみてはいかがでしょうか?
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【参考動画 / 九龍幽獄ゲーム画面】

〖九龍幽獄:九龍路地 / お試し 1分 42 秒 77〗

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